ANY FUN

May 18

C

一度だけ野球を見に行ったことがある。

広島にバイクの免許を取りに行ったときだ。

合宿で教習の無い日はほとんど無かったけど一日だけ休みの日があった。僕は教習所のある福山市から広島市まで電車に乗った。初めての場所だったので知らな かったけど電車で行くには恐ろしく遠く、2時間ずっと瀬戸内海を眺めていた。

巨大な広島駅に着いてから路面電車に乗る。切符の買い方がまるでわからず、それを悟られないように広島の人を装っていたけどたまらなくなって隣のおじいさ ん聞いた。『〜じゃけぇ』と言って教えてくれた。

市民球場に着いて目の前が原爆ドームなのには驚いた。本当に50メートルくらいしか離れていない。しばらく眺めたあと『もうなんか満足したから帰ったろか な』と思ったけどチケットと広島カープの帽子買って球場に入った。

もう試合は始まっていてただぼぅと野球を見た。

途中、特定の選手の応援歌や動きがあるらしく、それについていけない僕は中日ファンになろうか、と思ったけど広島ファンにボコられそうなのでやめた。

試合は何本かホームランも出て広島優勢だった。帰り道の時間も考えて試合終了を見ないまま早めに帰ることにした。

球場の外で自転車に乗ったおじさんに『どう?勝ってる?』話しかけられる。

『はい、まだ勝ってます』と赤に『C』と書いてある帽子を被ったままの僕は答えた。

また2時間かけて教習所の部屋に戻ったあと、スポーツニュースを見た。

広島は勝っていた。


May 12

御堂筋線直結の地獄

人の真剣なまなざし、というのはいいものだ。

スポーツの醍醐味もその辺にあるんじゃないかとさえ思う。

そんな僕と同じような思いを持つ人には是非ヨドバシカメラに行って欲しい。

何故か?

USBメモリを見つめるそれが恐ろしく真剣だからだ。

僕はよく用もないのにヨドバシカメラに行く。Mac、ゲーム、ヘッドホンなんかを一通り見て一人うん、とうなずいて帰る。あまり買い物をしたこと 無い。
入り口にほど近いUSBメモリのコーナから異様な空気が漂ってくるのは前から気づいていた。少し近づいてみるとUSBメモリを見つめる人々の目が 異常に真剣なのがわかる。
客とUSBメモリのガラスケースの間を通ろうもんならリンチされそうなほどヒリヒリした空気を感じる。

何故人はUSBメモリを選ぶ際あれほど真剣な目をするのか?

それはUSBメモリと一対一で向き合えるからだと思う。
例えばMacを見ている場合。パソコンコーナは店員が話しかけてくることが多い。よってパソコンを眺めながらいつも店員の影に怯えなくてはならず 集中できない。
ゲームの場合、僕だけかも知れないけど自分が子供向け全年齢対象のゲームが欲しい時、嘘でも『これは頼まれたものであってまぁ自分でやるかも知れ ないけど渋々』的な感じを出さなくてはならず落ち着かない。
あとヘッドホン=オーディオ=オシャレなので当然集中できない。

一方USBメモリはそれらの問題が無くもう完全にUSBメモリと一対一、タイマン、裸の殴り合いになる。

よって人は皆USBメモリを買う時真剣な目をする。


実はこの間必要になってUSBメモリを買った。

ガラスケースに凶悪なほど真剣な顔をした僕が映っていた。


May 10

犬吠える朝

散歩をした。

無性にぼぅと何処かへ歩きたくなるときがある。でも体力が、というか堪え性が無いので遠くまで行けない。

その日は自分の卒業した中学まで歩いた。なにぶん田舎なのと、朝が早かったので誰もいない。

実際目的地があったわけではないので適当に歩き出す。歩くときは大体、自分の靴か他人の靴を見ているので他に人がいない以上、自分の靴を見つめる ことになる。お気に入りのナイキのワッフルレーサーを履いていたのでいつも以上に自分の靴を凝視する。

『あは、やっぱええなぁ』

青いスニーカを見つめながら歩いていると部活の試合に行くのか野球部っぽい格好をした高校生が華麗に僕を避けたので心の中で『なんでやねん』と 言った。

そんなことをしている間に中学校まで着いてしまった。

『え?こんな近かったか?』と思った。
登校の道のりは自分の中で、もっと長大なものだったような気がする。なんなら学校へ行く道が遠いから、という理由で学校へ行きたくないぐらいだっ た。

堪え性が無いので来た道を引き返しながら、『あぁ僕は単純に学校へ行きたくなかったんだな』と気づいた。
あまりにも学校へ行きたくなかったのでこの10分や15分かそこらの道が自分の中でまるで万里の長城を往復するくらいの一大事業に成り代わってい たのだ。
まったく、アホである。

中学時代の自分を思いながら帰り道を歩いていると、何故かさっきのルックスライク野球部員とすれ違った。さっきより若干焦って自転車を漕いでい た。
心の中でもう一度『なんでやねん』と言ってやった。


Mar 14

セクシー1号

朝、何がしたかったのか外付けHDDのUSBのコードを足に引っ掛けて吹き飛ばしてしまった。

『やっべ』

急いでパソコンに繋いでみたけど応答なし。中身カラカラ。スクラップ&ビルドのビルド不可能な感じになって、新聞の折り込みチラシをしばし眺めて 検討。
開店を見計らい電器屋で新たな外付けHDDをサーチ&デストロイのデストロイが抜けた方をやる。いや、つまり新しいのを買ったわけです。

何故そんなに欲しかったか、というとOSXの再インストールというのがしたかったんです。しかし壊れた方の外付けHDD、いやもうここではセク シー1号と呼ぼう。ネーミングの理由は考えて下さい。そのセクシー1号も古く、容量が少ない、つまりバックアップを取れるほどの空きがなく、これを機に一 丁バックアップを取ってオシャレピーポーになりたかったのです。

早速Macにつないでバックアップ開始!アレ?クソ長い。たった80GBのデータが終了予定時刻10時間後!?
一旦もう寝よう。ベッドに潜り込み『BUFFALOが一匹…BUFFALOが二匹…バッファローが…』ダメだ。気になって眠れない。

プログレスバーを眺めながらセクシー1号のことを思ったり。

犬の散歩をして小型犬にしてはでか過ぎるウンチを拾ったり。

ベスパで近所の武家屋敷通りを走り回ったり。

そうこうしてる間に夜になりバックアップも完了。OSXをのDVDをブチ込んで再インストール開始。うんうん、いいないいな、と思っていると再イ ンストール終了まで3時間と出ている。『気絶なう』とTwitterに書いてやろうと思ったけどやめた。

数時間後、やっと思いで再インストール終了。再起動するとソフトウェアアップデートの嵐。強引にラップ入れたくなるほど嵐。

何とか使えるようになって今に至る。

そんな再インストール前と比べて快適になってへんし・・・。

買ったばかりのボクサーパンツ前後逆に穿いてるし・・・。


Mar 12

昨日までの恋、1万メートル上空を通過中

ある時母がパソコンをやる、と言い出した。

母は父の型落ちのWindowsのノートを持ち出してテーブルにセットしていた。

僕は用事があったのか何があったのか思い出せないけど様子を見ずしてその場から出て行った。

しばらくしてから戻ってみると出て行ったときのまま、パソコンはテーブルの上にあるままだった。

『インターネットできた?』と僕が聞くと。

『パソコンの蓋が開けられへんでん』と言った。スイッチをスライドさせてディスプレイの部分を開けるタイプだったけどそのスイッチを“スライドさ せる“という発想が無かったらしい。

『えっ、そんなんパソコンするとか絶対無理やん』僕は笑った、そして呆れた。

それ以来母はパソコンには触っていないようだ。

僕は笑ったし呆れたけどあれ以上いい感じに笑って呆れたのはあんまり無いな、と思う。


Mar 8

午前六時の欲求不満

セルフカットした。

友達と飲んだ。

悪夢で目が覚めた。

最後のキスは煙草のフレーバーがした。


Mar 7

SK8 BOY DEAD

一昨日、初めてスケボーをした。
いつも玄関に置きっぱなしの兄貴のスケートボードを引っ張り出して車の少ない道へ出た。

スノーボードはターンしながら滑る程度には出来るのでその要領で左足を前にして、右足で地面を漕ぐ。スケボーゲームでも予習済みだ。
少しスピードが出たら右足をスケートボードに載せて滑り出す。ゴロゴロ音を立てながら進んでいく。スピードが落ちてきたらまた右足で地面を漕ぐ。 またゴロゴロと音をさせてスケーター僕は進む。

基本的に小さい頃から運動は出来た。体育祭ではいつもリレーの選手だったし中学の時はサッカーで県大会まで行った。

でもいつだって過信はいい結果を生まない。

見覚えのあるジャンプをかましてやろう、とボードを蹴って跳ね上げる・・・つもりだった。
ボードだけが前に転がっていき、無防備・イン・ジ・エアーの僕。

僕がニュートンだったらここで万有引力の法則を発見しただろう、と思わせるくらい自由落下、そして全身の骨が砕け散るくらいコケた。


生きる、ということは一つずつ可能性を潰していく作業だ、と言った人がいる。
僕はこうしてプロスケーターへの道は諦めたけどみんなは諦めんじゃないぜ!

じゃ。


Mar 5

ブラック昔話

昔母と葬式に行った。

僕が18歳くらいの頃、叔母さんがガンで亡くなった。会うと『アンタ、ジャニーズみたいやな』なんて言ってくれるような冗談好きで明るい人だっ た。叔母さん、といっても父の姉だったので母とは実際の血のつながりは無い。

借り物の礼服を着て、黒いネクタイを締め、僕と母は阪急電車に乗って見たこともない駅に降りた。
曇り空で葬式にふさわしいのかよくわからない天気だった。式場に着くと一通り挨拶も済まして式が始まった。遺体を見たら抗がん剤治療のせいか顔は 膨れていて記憶にある叔母さんとは少し違った。息子さんと娘さん、僕からしたら従兄弟だけども二人はもちろん泣き崩れていた。

母は泣いていた。

僕は何故か泣いてはいけない、と思った。
何となく、泣く資格が僕にはあるようには思えなかった。叔母さんの治療に苦しむ顔を見たことも無い。死に至る過程をずっと見守ってきたわけでもな い。苦しみを何分の一かでも背負ったこともない。
泣いてはならない。この叔母さんを支えてきた人のためにも、そう思った。

泣く母を見て少し嫌になった。

帰りに母と二人で適当なファミレスに入った。
母は事実いい人で間違いなくいい人だ。そして僕はただひたすら邪悪な人間なのかもしれない、と目の前にあるキムチ牛丼を食べながら思った。味はだ いぶ前なので忘れた。


Jan 27

二万文字罰ゲーム

ネガティブなものばかりが目について、まるでいつからあるか分からない天井のシミみたいに意識にまとわりつく。

身体の表面に小さな棘が生えて僕が動くたびにそれがつまらないものを絡めとって、僕の動きを鈍くする。

歪んだネクタイや解けた靴ひものように、要はスマートではない。


よく夏に寝る前に電気を消したあと、蚊の羽音が気になって寝られない、と言う人がいる。僕はそうではない。
蚊は命まで持って行かない。ほんの少し、どうでもいい、少なくとも僕にとってどうでもいい量の血を奪って行くだけだ。

やがて羽音は消えて、蚊はたぶん僕の身体のどこかにとまって、やっぱりどうでもいい量の血を吸うだろう。痒いならツメで×に印を付ければいい。

そんな風にこういう夜をやり過ごせればいいと思う。

そんな自己啓発的なことをあなたに投げつける。

いいだろ、今日くらい。


Jan 20

センチメンタルトイレット

誰にでも思い出の便所はあるものだ。

僕は勝手にそう思っている。

大阪の学校に通っていた時、あまり胃腸がストロングではない僕は大阪駅から学校までに道のりにある、とあるビルのトイレをよく拝借した。
それももう数年前のこと。

今日、といっても昨日。久しぶりに用事があって大阪に行ってそのビルの、そのトイレに入った。スニーカーの裏に感じるリノリウムの感触。ほんの少し、気のせい程度にするエレベータの機械油の匂い。何もかもが変わっていなかった。
ただ僕が少し歳をとった。

洋式に潜り込んで用を足す。この世で一番品質の悪いであろうパリパリのトイレットペーパーさえも相変わらずだった。
手を洗ってまた懐かしい感触をスニーカーの裏に感じながらビルを出る。

何もかもがあのときそのままだった。


あのトイレのようになりたい。とは思わないけど僕は変わりたくない、とは思う。変われよ、変化を求めろよ、なんて言われるかも知れない。

でも僕は変わらないことが美徳だ、と根拠も無く強く思っている。

駅前第四ビルのトイレ、またいつか。


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